地獄の底でハッピーエンドを

言葉を取り戻すために

【懐古】大学に入ってよかったエピソード

東京ポッド許可局で『「大学に入る理由」論』を聞いた。
聞きながら私なりに、自分の大学生活を顧みて「大学に入る理由」を考えた。
あくまで「今となっては」の話だから、受験前にこんなことを考えていたわけでは当然ないが。

【結論】

生産性がなくても許される時間と、宙ぶらりんでも許される環境・コミュニティに身を置く権利を得るため

  1. サボりが許されるゆえに、自分のときめきに素直になれた
  2. いろんな種類の人間がいることが前提の空間だから、 高校までの「浮いてて肩身が狭い」がなくなった結果 「俺はこういう人間だが文句あるか??」スタンスに近い意志を得られた (大学内や学部内にいる人間のカラーにもよる)
  3. 生産性がなくても許されたゆえに、無計画の先でしか見られないものを見ることができた・過ごせない時間を過ごすことができた

超ざっくり且つ平たく言ってしまえば、森見登美彦の小説でいう『腐れ大学生』みたいな人間でいることが許される時間があって、それが私にとっては人生にプラスになったな、と思った。
書いていてちょっと疲れちゃったので、今回は1と2に関する自分語りをしていく。

①雪の日に4限抜けてディズニーランドに行った

都内に雪が降った日、3限までの必修は出たあとに4限を抜けて舞浜に直行した1年生のとき。
こんな行動、社会人でも高校生でもできない。
社会人なら有休申請期限ギリギリに申請すれば不可能ではないけど、当日になってものすごく行きたい衝動に身を任せることまではできないので。
勢いでやった行動が忘れられない体験になった、っていう、ちょっと現実離れした記憶。
(前日に大雪降る予報が濃厚だったからしっかり年パとカメラを持って行ったという点では、事前準備込みの行動ではあるが……)

②学祭実行委員会のこと

1年生の1年間だけ入った学祭実行委員会が、最も「いろんな人間がいてみんないい」が体現されていたコミュニティだった。
同じ大学の学生のみで構成された団体は、他に
ゼミ・クラシックギターサークル・学部イベントの運営団
の3つ入ったが、どこも私が素でふるまうと浮いてしまっていた。
私の言動に問題があったパターンも確かにあるが、高校までにいたタイプの人間に似た人間が多い印象を受けたのは事実だ。
でも学祭のところは、「この人スクールカーストトップ層だったんだろうなあ……」な
絵にかいたような陽キャもいれば、
私と波長の合うオタク気質な人や内向的・自分の頭の中でぐるぐる考えがちな人も多くいた。
それでも分断してるわけでもなく、ほどほどに友好的に接するしお互いを嫌だと思う様子がほぼ感じられなかった。

そして何より、多くの人が自分の担当している仕事やそれに関連することをしているのが楽しくて仕方ない、といきいきしていた。
高校までは文化祭実行委員会なんて陽キャのみに許されたポジションだし、
「しょせんこういう連中が生徒を動かしちゃってるしそいつらもそれで承認欲求満たしてんだろハァ~~~世の中クソ」 って思っていた。
でもここはそうではない、純粋にワクワクすることをやってワクワクしてる人間がいるんだ……いいじゃん……となった。
ちなみに私は広報局にいて写真たくさん撮ってた。媒体に載せる要件は満たしていない、
完全に趣味で撮ったアカペラサークルのステージの写真を先輩が褒めてくれて素直にうれしかった。

一人で飯食っても人権がある

〈以下、はじめに書いてから周りの人間はあまり関係ないことに気づいいてしまいましたがよかったらどうぞ〉
入学後すぐにカルチャーショックを受けた。
食堂で一人で飯食ってる人が当たり前のようにいたから。
それまで「誰と弁当を食うか」というしょうもないことで疲弊してきた私にとってはこの上ない肯定だった。
食堂はちょうどリニューアルされたばかりで、カウンターみたいな壁を向いて食える席がたくさんあった。
席の形式という、仕組みの時点で一人飯の可能性が考慮されているかは知らないが、
「複数人で食べる前提で並んでいるテーブルで、一人で食う選択をしてそこに座る」のと
「一人で食べやすいカウンター席に、駅そばを食べるのと似た体の動きで自然に席に着く」のとでは
椅子に座るときの気持ちに大きな差があること、少し想像していただきたい。

令和にもなって
「一人でご飯食べるなんて/旅行するなんて/映画観に行くなんて寂しくない?」
なんてほざく人間がいることも、つまりは構造的問題ってことです(???)